2011/12/08

八松さんの言葉

一度、七恵さんの「お別れ」の時、遠くから拝見しただけの方。。。

信念を、お持ちの方ですネ。。。



100のトライで、たった一つだけが成ったとしたら...
「壁」「迷い」「疑い」

あんなに感動し、希望に燃え情熱的にワクワクしてたのに、ほんの少しやっただけで、ちょっと上手くいかないことが続いただけで『壁』を感じ、無責任な他人のコトバに『迷い』、上手くいってる人のアドバイスを『疑い』、歩みを止め自分以外の何かのせいし、自分をごまかすもっともらしい複雑な言い訳を吐き、姿を消す...そんな人のなんと多い事...

= 成功の道はまっすぐで広い =
素直さと真剣さと情熱を持ち行動の枠を広げていけば道は開ける。
しかし、人にはそれぞれ「クセ」がある、「考え方」のクセ「見方/とらえ方」のクセ「行動/やり方」のクセ...

まっすぐ広い道なのに勝手にクネクネしたり、立ち止まったり後戻りしたり、違う道に気を取られたり...
身なりは鏡で正せても、心の「ゆがみ」までは映し出してくれない...
だから人はとかく自分の考えや振る舞いの誤りを自覚しにくい。

わからない人生を、わかったようなつもりで歩むことほど危険なことはない。

「素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生む」

わからない人生を、みんなに教えられ、手を引かれつつ、一歩一歩、謙虚に真剣に...

ちょっとしたものの「考え方」の違いから「成功」と「失敗」の別が生まれ、ほんの少しのものの「見方/とらえ方」の違いから「賢」と「愚」の別が生まれ、紙一重の「行動/やり方」の違いから繁栄と貧困の別が生まれる。

100のトライで、たった一つだけが成ったとしたら...
これははたして失敗か成功か?
多くの人は事の成らない99に力を落とし、全てを失敗なりとして悲観し意欲を失い、再びそのことを試みなくなる...こうなればまさしく失敗である。
しかし、「考え方」「見方/とらえ方」を変えれば100が100とも失敗したのではなく、たとえ一つであっても事が成っているのであれば、つまり成功しているのである。
こう考えれば勇気が湧く、希望が生まれる、そして事の成った一つを貴重な足がかりとして自信を持って再び99に挑むことができる...こうなればもはや全てに成功したのも同然である。
どちらに目を向けるか...
99に失望するか、一つに希望を持つか。
『失敗』か『成功』かの分かれ目は、こんなところにあるのでしょう...